だってあの人の笑顔の中にあるかなしみが、少し見えてしまったから。 (10 years later) (080308delicatoの続き)

ノックしようとする直前に、めったに聞けないあの人の怒鳴り声が聞こえた。


「っんで!なんでだよ!」
「お前もわかってるだろ」
「そう、だけど!」
「だったら、諦めろ」
「……でも、そのくらい!」
「駄目だ。獄寺、入るなら入れ」



俺は心臓が大きく跳ねるのを全身で感じてしまった。部屋の近くにいればリボーンさんが気配に気づくのは知ってたが、そんなこと今は考えてなかった。


俺は小さく返事をしてドアを開ける。十代目の執務机の向こう側に立っているのは、あからさまな怒のオーラを出した、俺の恋しい人。机に両手をついて、立ったまま。表情は見えないが険しそうだ。そして、その机の前にあるソファに優雅に座っているのは、ひとつため息を吐いた少年、リボーンさん。
「どうした獄寺、報告しにきたんじゃないのか?」
俺が切り出せずにぼーっと突っ立っていると、リボーンさんは目線も変えずに言った。十代目はやっと腰を下ろした。俺がリボーンさんに報告書を提出すると、リボーンさんはそれを一瞥してから十代目の机に置いた。
「今日の分の仕事が終わっても、明日の分が終わってても、行くな」
「…わかった」
「じゃぁ後は頼んだぞ、獄寺」
「は…」
リボーンさんは十代目に釘を刺して、部屋を出て行ってしまった。


十代目と二人きりになった部屋は静かすぎて正直困った。ちょっとリボーンさんを恨んだ。でも俺はとにかく、この、今なら何でも出来てしまいそうな(十代目はいつもなんでも出来るが)十代目をなんとかすることに全力を注ぐことにした。しかしなんて言おうか。
「あの、十代目…」
「驚かせちゃってごめんね」
俺が言葉に詰まると、すぐに十代目は笑顔でたいしたことじゃないんだ、と言ってきた。でもそれはいつもの笑顔じゃなくて。十代目が十代目になってから時折見せるようになった、悲しみを隠した笑顔。よっぽど諦め難いことだったんだろうか。俺はいても立ってもいられなくなって十代目に近づく。二人の間にあるのは大きな机のみ。机の上には俺がさっき提出した書類だけで、珍しくオブジェは出来ていなかった。それはこれから十代目が話すことと関係していた。
「1年前のこと覚えてる?」
「………あ、」
俺は十代目の言葉に少し考えて思い出した。1年前の今日のことを。


あの日、同盟ファミリーの中に不穏分子がいるのがわかって、散々計画した大きな仕事には多くのボンゴレの人間が参加した。結果、不穏分子は片付けられ計画は成功した。しかしその背後にはあまりにも多くの犠牲が伴ったのだ。そのときの彼は自分のせいだと酷く苦しんでいた。ボンゴレのボスになって初めて一度に多くの仲間を失った日だった。
「お墓参りにいきたくてさ、あのときに死んでしまった彼らの。でもリボーンが駄目だって」
「それで…」
あんなに言い争ってたのか。やっぱりこの人は。
彼らの遺体はあのとき不穏分子のアジトと共に焼けてしまった。敵が途中で自分たちのアジトに火を放ったのだ。それでいっぺんに仲間を失った、と言ってもいいだろう。実際計画に関わって屋敷内にいた俺もほかの守護者も危なかった。だからお墓参りに行きたいというのはもちろん、アジトがあった場所に行きたいということだ。そんな危ないことリボーンさんが許すはずがない。いまでもあの一帯は生き残りがいるんじゃないかと監視者がいるくらいだ。
「危ないから駄目なんてさ。俺だって自分の身くらい守れる」
「ですが…」
「隼人まで止めるんだね。」
「すみません」
「いいよ、大丈夫、行かないよ」
ホントは行くつもりで書類のオブジェをやっつけたんだろうな。十代目は面白くなさそうに、頬杖をついて窓を見つめた。ファミリーという言葉の意味を人一倍理解している彼のことだ、ここ数年は仲間の死にいちいち泣かなくはなったがそれでも俺は知っている。だってこの人の笑顔の中にあるかなしみが、少し見えてしまったから。行かせてあげたいが…、行かせる訳にはいかない。
「俺、ちょっと出かけてくる」
「え、十代目…!」
「お墓参りじゃないよ。もう今日は仕事もないしさ」
十代目は立ち上がって、スーツのボタンを留めながらドアに向かって歩き出した。
「十代目、どこに?」
「そうだね、バーにでも行ってくるよ。大丈夫、ちゃんと護衛はつけるよ」
「……お気をつけて…」


結局、このとき彼が俺にいつもの笑顔を向けてくれることは無かった。執務机が、ドアが閉まるのが、なんでもないのに彼との心の距離のように感じてしまった。彼の心の悲しみを拭ってあげることの出来ない無力な自分に凄く腹が立った。彼の右腕なのに、彼の恋人なのに、俺には…









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080308delicatoの続きというか、前編としてつながってます。なんでツナがバーで我を忘れるまで飲んだくれてたのかの真相。自棄酒というやつですね。あたしも1回何もかもわからなくなるくらい飲んでみたいものです。しかし酔わないんだ、これが。あさき夢見し、酔いもせず。