delicato (10 years later)

カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。
この喧騒の中ではそんな音では誰も気に留めない。
リボーンに紹介してもらったこのバーは、ほかに比べれば比較的静かだが、喋るな、と書いていないんだから話し合っている人間もいる。喧騒と呼ぶには程遠かったが、客の話し声は耳を澄まさなくとも聞こえる。それに部下が護衛しているとはいえ、外である限り自分でも普段異常に神経を研ぎ澄ませていなければいけないのは当たり前だ。だから自然と周りの音が大きく聞こえる。


「おとなりいいかしら?」


カウンターに座っていた俺に綺麗な伊語で声をかけてきたのは、お世辞じゃなくとも綺麗だといえる魅力的な女性だった。この女性は前にこのバーに来たときにも何回か見ている。どこかのマフィアの女か?俺は得意の笑顔でどうぞ、と一旦立ち上がってから椅子を引いてあげて女性を隣に座らせてあげた。
「ありがとう。すみません、彼と同じものをひとつ」
女性は座って早速マスターに俺と同じ飲み物を頼んだ。
「おいしいかしら?それ」
「あなたの口にもきっと合いますよ」
そう言って俺はマスターから差し出された飲み物を女性の目の前に置いた。
「ほんと、おいしいわ」
一口飲んでにっこりと女性はいい趣味ね、と付け足す。
そのあと、彼女と少し話してお互いにお勧めの酒を飲み比べたりしていた。バーでは一人で飲むのも嫌いではないしそういう日も好きだが、今日は彼女と何杯か飲み交わした。
「沢田さんはいつもにこにこしていらっしゃるのね」
「そうですか?」
会話の途中でそんなことを言われた。そんなに意識しているつもりはないのだけど、普段リボーンに教育されてるせいかもしれない。気づかなかったけど。
「ええ。前に店で見たときもあなたはにこにこしてらしたわ」
「気づきませんでした」
「私といて楽しくて、なら嬉しいわ」
「それはもちろん」


そして俺は日ごろの鬱憤を晴らすかのように彼女がいなくなってからも飲み続けた。思考が正常じゃなくなってくる頃、飲みすぎだと思われたのか護衛の部下にそろそろ帰りましょうと言われたが拒否して飲みつづけた。別に特別嫌なことがあったわけじゃない。だけど無性に飲みたい気分だった。


「ボス」
ぐでんぐでんになった俺を迎えに隼人が来た。外では安易にボンゴレファミリーの十代目ということが解ってしまってはまずいのでとりあえずボス、と呼ばれている。普段、幼い頃から十代目、十代目、と呼ぶ彼も外ではボス、と呼んでいる。
「あ、はやとだぁ〜」
俺は自分でもびっくりするくらい呂律の回らない喋り方で彼の名を呼んだ。
「大分酔ってますね、帰りましょう」
「え〜〜〜…うーん、君がゆーなら」
隼人がちょっとため息ついて言うから、君の言うとおりにした。


いつもの車に乗ってボンゴレに着いた俺は隼人におんぶしてもらって部屋に向かっていた。いつもは俺が隼人を抱っこしたりする側だけど。
「はやと〜おれ、きょう、きれーなおんなのひとに、こえ、かけられちゃってさ」
「はぁ」
向かいながら俺は今日のことをぽつりぽつりと話し始める。そんな話でも君はちゃんと返事して聞いてくれる。適当な返事でも一応聞いてくれるだけでいい。
「でね、そのひとがおれに、いつもにこにこしてるって〜」
そういって俺は、そんなににこにこかなぁ?と乗り出して隼人の横顔を覗き込む。隼人は前を見たまま。
「そうですか」
なんとも適当に返事して俺の部屋に入った。


部屋に入ってベッドが視界に入ると俺は突然眠くなった。隼人もそれを知ってか知らずか(きっと歩けないからだ)俺をベッドに降ろした。ベッドに横たわった俺はすぐに瞼が重くなってきて、でも隼人の手を握ったままで眼を閉じる。
「はやとも、ねよう、よ」
「はい」
隼人はちょっと笑ったのか、薄く視界を開いた俺には優しい横顔を見せていた。隣に感じるぬくもりに俺はすぐに夢の世界に引きずり込まれた。






「そんなに無理して笑わなくてもいいんですよ」


夢と現実の狭間でそんな声が聞こえたような気がした。






ああ、ほら、君だけが俺のことみてくれてる









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080308
バーに行く沢田氏ってノートに走り書きされてた(笑)それが最初に思い浮かぶ私はなんなんだ…。十代目は隼人に想われてていいなぁ。