calando (10 years later) 

青白い月明かりだけがその部屋の唯一の光だった。
真夜中の執務室。
大きな机の向こう側に座っているのは言わずもがな、ボンゴレファミリー10代目ボスの沢田綱吉だった。現在の時刻は日本で言う草木も眠る丑三つ時を回ったところくらいで、そんな時間にもかかわらず綱吉は机に向かっている。月明かりの下、書類をもたもたと仕上げているようで、時折紙の擦れる音だけが響きもせずに奏でられていた。


「ふー……っ」


行き詰ったのか綱吉はペンを弄びながら背もたれに寄りかかった。月明かりにきらめく高そうなペンを見つめる。そして自嘲的に鼻で笑った。


俺、なにしてんだろうな…
別にこんな時間までやらなくてもこの書類の期限はまだまだ先なのに
やんなくてもリボーンに怒られないだろうし
でも………




「…っう…」



綱吉は小さく呻いて左手で腹を押さえた。


なんで胃が痛いんだろう…
日頃の行いかなぁ


そしてそのまま前かがみに蹲ってしまった。


もう、このくらいじゃ痛みとも思わないけど
確かに何かが欠けてる気がする


欠けてる?


そうだ、欠けてるんだ
なんだろう
人間の心とかか?




「…………チッ」




くだらねぇ
何考えてんだ俺


軽くした打ちした後、顔だけ上げた綱吉の目に飛び込んできたのは、キラキラと光り輝くペン。たしか、この椅子に座ることになって暫くして彼の愛する獄寺にもらったやつだ。
すると綱吉は何のためらいも無くそのペンで左腕を刺した。


「いた……」


白いシャツを貫通して腕に刺さったそれは、みるみるうちに赤い染みを広げていった。深く刺さったペンは、抜くと出血が酷くなりそうだったのでそのまま軽く抑えておいた。


こんなことして何になるっていうんだ…
せいぜい誰かに見つかって心配かけるだけだ
がっかりされるかもなぁ


はぁ、とため息をつくとしんとした部屋にコンコン、とドアをノックする音が聞こえた。綱吉は普段ならありえないことだが、一瞬ビクッとしてすぐにどうぞと言った。もちろん椅子にちゃんと座りなおして、平静を保つのを忘れなかった。
ただし、両手は机の下に。


「失礼します…十代目、まだお休みになられてないんですか?」
獄寺が来るのはドアの外の気配でわかっていた。
「ああ、うん。ちょっと眠れなくてね」


特にすることも無いから仕事してたんだ、と綱吉は何の代わりも無くいつもの笑顔で返した。獄寺はゆっくりと綱吉の机に寄り、彼の顔を覗き込んだ。


「十代目、最近ずっとこうなんですよね」
「え?」
「目の下にクマが出来てます」


それに、昼間はよく眠そうにしてますし、と悲しそうな顔で見つめられる。


なぜ彼が悲しそうな顔をするんだ。
彼に悲しみなんて似合わない。
彼の悲しみは俺が全部拭い去ってあげるって決めたのに。


彼の言葉と瞳に魅せられて、ぼーっとしてるうちに(血も足りない気がする)彼が悲痛な声で俺を呼んだ。


「じゅ、うだいめ…その、て……」


机の向こう側にいたはずなのに、いつの間にか彼は俺の隣に跪いていて。まだペンが刺さったままの腕から滴る血は、毛の長い絨毯に吸い取られていた。


「…なんでもないよ。別に死のうだなんて思ってないからね」
「ですが…っ!」


顔を上げた彼の瞳には溢れんばかりの涙。
あぁ、その綺麗な瞳に涙はよく似合うけどね。


「…手当てします」
「ごめんね……」









消毒液のにおいに鼻が犯されはじめた頃、腕に包帯が巻かれ始めた。
それと同じくらいに十代目、と彼が話し始めた。


「あの、辛いときはいつでも言ってください。
自分じゃ頼りないかもしれませんが…」


えと、あの、とか彼が言葉を捜していたので、
綱吉はうん、ありがとうと笑った。


「それじゃだめです」
「え?」




「十代目、俺の前では無理に笑わなくてもいいんです。
そんな、泣きそうな顔で笑われても説得力無いですよ…」


泣きそう?俺が?


「十代目に就任されてからあなたは弱音をはかなくなった。
それどころか、辛そうな顔ひとつしないで…」


そうだったかな…


「でも俺、知ってるんです。
あなたと二人きりのとき…
たまにあなたが泣きそうな顔をしているのを」


そのとき、俺の頬に何かが伝った。
ぽろぽろと零れてくるそれはなんだか温かかった。




ああ、俺泣きたかったのかな。
辛いとか、悲しいとか、そんなの忘れてたつもりだけど
消してたつもりだけど
ただほんとは
押し込めてただけなんだ。




ふわ、と嗅ぎ慣れたタバコの匂いがして彼に抱きしめられたことがわかった。軽く確かめるようにぎゅっと抱きしめられたので、彼の腰に両手を回した。そうして彼のお腹に顔を押し当てて、ありがとう、とつぶやいた。











次第に消えていっていたはずのそれは、一晩分溢れ出した。











―――――
結構長くてすみませんm(_ _"m)これでも端折った端折った。ずいぶん切ったよ。もっと書きたいところあったけど…最低限でもこの長さだもんね。長いよね。一応ブログだから小話程度って思ってたのにこれはこれは…(・Θ・;)ま、いいか!何が書きたかったかというと(解説かよ!)ツナが十代目になってから頑張んなきゃってずっと耐えてて、泣きたい気持ちも次第に消えてゆく(calando)はずだったんだけど、なんか胃も痛いし、そういう感情に気づけなくて夜眠れなかったり、イライラして自分に八つ当たりしたり、してたところに獄寺君(まいすいーとはにー)が来て、ツナの苦しみを和らげてあ げ た…!という話ですな。そのくらいわかるって?あ、すいませ…